2014年08月25日

社長にはイエスマン、現場の提案はとりあえずノーと言う上司

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中小企業を中心に営業チーム強化のコンサルティングを行っているわたしですが、誰でも知ってるレベルの大企業から研修を依頼されることもあります。先日も某有名企業の新人マネジャー研修の打ち合わせに行ったのですが、そんなときにものすごく気になることがあります。それは、


部下や現場から、陰でダメ出しされている役職者が非常に多い


ということです。「役職者」と言ってもいろいろですが、部下10数人の営業所長クラスから大企業の役員まで、中小企業なら社長の下のNo.2も含みます。ある程度現場から離れた「偉い人」に対して、現場の人たちからは「あいつ、使えねえ」という目が向けられていることが非常に多いんです。

あまりにもそれが多いので、以前もこのメルマガで登場した文書化コンサルタント、開米さんと議論をしてみたところ、なかなか意外な発見をしてしまいましたのでその話を書きたいと思います。

開米:「あいつ、使えねえ」というのが現場の声ですか、なーかなか手厳しいですね。具体的にどういうところが使えねえ、なんでしょうね?

庄司:一番多いのが、現場が何か新しいアイデアを出すたびに、前例がないからダメだ、とか言っちゃうタイプですね。

開米:新しいことやるのに前例もクソもあるかボケ・・・なんて言っちゃうわけにはいかないんでしょうね。

庄司:陰では言ってるかもしれませんけど(笑)、そういう前例主義の人でも一応上司ですからねえ。副社長の場合もありますし。

開米:で、そういう人が抵抗勢力になっちゃうわけですね。

庄司:そうなんです。

いろいろ話しているうちに、そういう「抵抗勢力」は要するにイエスマンである、ということに気がつきました。


開米:なるほど、社長に対してはイエスマンで、現場の提案はとりあえずノーと言っておくタイプですね。社長の機嫌を取るのに熱心で現場のことは見てないというか(笑)

庄司:そうですねえ、不思議なのは、どうしてこういう人が役職についちゃうんだろう? ってことです。私が在籍していたリクルートはそういう会社じゃなかったんですが、一般の日本の大企業ではこういうケースのほうが多いみたいなんですよね。

開米:それは何か理由があってそうなったんじゃないかという気がしますけど。一般の大企業でイエスマンが役職についちゃうのにも、リクルートがそうじゃなかったのにも、どちらもそれなりに合理的な理由があった、とは考えられませんか・・・?

そう聞かれてあらためて考えました。なにしろ自分がいた会社なのでリクルートのことはわかります。リクルートは、新しい事業、それまで存在しなかった新市場の開拓をやり続けてきた会社なので、前例なんてないのが当たり前でした。以前書いたように、新人メンバーも含めて全員でアイデアを出してどんどん試してみる、そんな空気が全社に浸透していました。

庄司:・・・あ、そうか。イエスマンのほうが役に立つんだ。社長にとっては。

開米:おお! それはいったいどういうことですか?

庄司:リクルートみたいな変わったとこじゃない、普通の会社にとっては、イエスマンのほうが会社の成長には役に立っただろうな、と。その理由に思い当たったんです!


  (長くなりそうなので続きは次号で)
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2014年08月18日

飛べないピーターパンは・・・

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営業コンサルタントの庄司です    

1991年に公開された「フック」という映画があります。


おとなになって飛べなくなってしまったピーターパンの話で、タイトルのフックとはフック船長のことなのですが、わたしはこの映画が忘れられません。


監督はあのスピルバーグで、大のピーターパン好きなのだそうです。

キャストも演技派をそろえ、おっさんピーターをロビン・ウィリアムズ、フック船長をダスティン・ホフマン、そして妖精のティンカー・ベルを「プリティ・ウーマン」のジュリア・ロバーツが演じています。


かんたんにあらすじをお話しすると

永遠の少年だったはずのピーターパンが40歳になり、アメリカの企業付きの弁護士として猛烈な激務をこなしているという設定です。

仕事に熱中するあまり家庭を省みず、妻や長男との関係は冷え込んでいます。


そんな一家が祖母のウェンディのいるイギリスに里帰りした晩、子供たちが何者かに誘拐されてしまいます。誘拐犯が残した脅迫状には、なんとあのフック船長の名前が記してあったのです。


途方に暮れるピーターにウェンディは、あなたこそがかつてのピーターパンだったのだと告げます。

しかし、記憶を完全になくし、自分がピーターパンであったことなどすっかり忘れてしまっていたピーターは、にわかに信じることができません。


そこへ突然妖精のティンカー・ベルが現れ、さらわれた子供たちを救うために半ば強引にピーターをネバーランドへと連れていくのです。


ネバーランドに暮らす迷子たち(ロストボーイ)は、かつてのヒーローであるピーターパンが帰還したことを聞き大喜びしますが、目の前に現れたよれよれの中年男に落胆し、再びヒーローのピーターパンとして復活させるために特訓を始めるというストーリーです。

スピルバーグの映画としては地味な部類に入るかもしれませんが、わたしがこの映画を見たのがちょうど30歳をすぎたあたりのころで、そのときの自分の心理状態にものすごくマッチしたのでしょう、強烈に印象に残ったのです。

当時のわたしは、リクルート(一度め)をやめて自分で事業をはじめてはみたものの、うまくいかずに1年ちょっとで廃業し、その後、生活のために就職をした通信系の会社につとめて3年がたったころでした。


「おれはいつまでもサラリーマンなんかやってない、やりたいことをやるんだ」とイキがって独立したのに、世の中のきびしさと自分の未熟さだけを思い知らされ、生活のためになんとなく毎日を過ごしているような時期でした。

世間的にも"おじさん" と言われる30代に入り、自分がどんどん輝きを失くしていくように感じていたのだと思います。


飛べないピーターパンが、自分のことのように思えて仕方がなかったのです。


この映画の中で、今でも忘れられない言葉があります。


いくら特訓をしてもグチと言い訳をするばかりでいつまでたっても飛べるようにならないダメおやじのピーターに業を煮やした迷子が叫んだその言葉とは・・・


「ピーター!楽しいことを考えて!
       
楽しいことを考えると飛べるんだよ!」


それはまるで自分に言われているかのようでした。


"楽しいことを考える" 


わたしは、今まであたりまえだったそんな一番大事なことを忘れかけていたのです。

そのことに気づいたときのショックは体が小刻みに震えるほどでした。


子供たちが元気いっぱいでパワーに満ち溢れているのはいつも楽しいことを考えているからです。


なのに大人になるといつのまにか忘れてしまう。

楽しいことを考えるのはいけないことのように思ってしまう。

みんな飛べないピーターパンになってしまうのです。


大きな目標を成し遂げられるのは、つらいことに耐えるからではありません。

楽しいことを考えているから、きついことも平気で乗り越えられるのです。

それが仲間といっしょならなおさらです。


営業コンサルタントとして企業と関わっていると、飛べないピーターパンにたくさん遭遇します。


仕事はイヤイヤやるものではありません。

大きな力を発揮して、何かを成し遂げるために一番大事なことは楽しいことを考えることです。


"楽しいことを考えて!"


わたしは、今でも飛べなくなりそうなときにはあの言葉を思い出すのです。


追記


この原稿を書いているときに、なんとロビン・ウィルアムズさんが亡くなられたとのニュースが入ってきました。ご冥福をお祈りします。

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2014年08月04日

(夏休み特別編) となりのトトロを見て泣くおっさん

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営業チーム強化コンサルタントの庄司充です


夏休み中、もしくはもうすぐ夏休みという人も多いかと思いますので、今日はこむずかしい話はやめて軽めの話をしましょう。


夏休みになると、テレビでは毎年恒例のように「スタジオジブリ」のアニメ作品を放映します。


わたしは子供がいないので、ことさらジブリの映画を見るということもないのですが、ちょっと気になる作品があります。


それは「となりのトトロ」です。


この作品だけはどういうわけか何度も見る機会があり、しかもそのなかでどうしても泣けてしまう場面があるのです。


「えっ! なんでおっさんがトトロを見て泣くの?」と思われるでしょう。


もっともです。大人はもちろん、子供だって泣くような作品ではないですもんね。


ストーリーについては今さら説明の必要もないと思いますが、ものすごく簡単に言うと、田舎の古い一軒家に引っ越してきたサツキとメイの姉妹が森に棲む「もののけ」のトトロに出会う話です。まじめで優しいお父さんの声を糸井重里が担当していてこれがまたぴったり。お母さんは少し離れた病院に入院しています。


一般的にこの作品の主役として認識されているのは妹のメイでしょう。


4歳のメイはちっちゃな体で走り回りおもしろいものや不思議なものを見つけると「ガッハハハ」と豪快に笑いながら、好奇心を丸出しにして追いかけ回します。


やんちゃで、わがままで、その表情や動きは子供らしい躍動感にあふれていてなんとも愛嬌があります。トトロに最初に出会うのもメイです。


それに比べてサツキはちょっと地味な存在です。

やんちゃなメイをときにはなだめ、ときには叱り、お姉さんらしくしっかり面倒を見ています。

まわりに対しても、自由奔放にふるまうメイとは対照的に「メイをよろしくお願いします。」「メイがご迷惑をおかけしました。」と、小学生とは思えない礼儀正しさで大人たちを感心させます。


メイが出会ったというトトロに「わたしも会いたい!」というときの弾んだ声や、雨のバス停ではじめてトトロに会ったことをお父さんに報告するときのはしゃぎっぷりにはサツキの本来の子供らしさが透けて見えますが、お母さんが帰ってくるまでは自分がメイを守らなければという気持ちが強いのでしょう。


「もうすぐお母さんが帰ってくる、もうすぐお母さんに会える。」


それだけを楽しみに、一生けん命大人として振舞おうとしています。


お母さんの一時退院をあと数日に控えたある日、近所のおばあちゃんのもとに電報が届きます。内容はお母さんの体調が悪くなり一時退院ができなくなった というもの。


わたしが泣けてしまうのはこの場面です。


その報を聞かされたサツキの心を言い知れぬ不安が襲います。


「どうしよう、何かあったんだ・・・」


おばあちゃんの「だあいじょんぶだよお、たいすたことないがらあ」という言葉も耳に入りません。


「どうしよう、お母さんが死んじゃったら・・・」


サツキの表情がみるみる崩れていきます。

口がへの字にまがり顔がくしゃくしゃになり、そして、ついにこらえきれずに「うわあああん」と大きな声で泣き出すのです。


おばあちゃんの胸で泣きじゃくるサツキを見て、それまでの大人びた様子とのあまりのギャップにサツキがいかに無理をしていたかが痛いほど伝わってくるのです。


サツキだってまだ小学生なのです。


その健気さに思わず感情移入しまい何度見てもわたしはこの場面で泣けてしまうのです。


その後、お母さんに会いたくて遠く離れた病院にたったひとりでトウモロコシを持って行こうとしたメイが道に迷い行方不明になってしまい村中が大騒ぎになります。


思い余ったサツキがトトロに助けを求めに行くと、そこには大っきなおなかを上にして寝そべっているトトロがいます。

「メイを探して」と訴えるサツキの顔をじろりと見たトトロは、黙ってニッカアと笑うと、サツキの肩をガッシリと抱いて空に舞い上がり、「モアアアァァァッ」という地響きがするような叫び声をあげてあのネコバスを呼ぶのです。


行先のパネルに「メイ」と表示されたネコバスは、大人には見えない疾風怒濤のスピードで村を縦断し、あっという間にサツキをメイのもとに届けます。


抱き合って再会を喜ぶふたりを乗せたネコバスの行先パネルが、今度はお母さんが入院する「七国山病院」へと変わります。


病院では様子を見に来たお父さんとお母さんが、空のネコバスから見ているサツキとメイには気づかずに、なごやかに話しをしています。


このときの会話がまたグッときます。


お母さん「子供たち、きっと見た目以上に無理をしていると思うの」

お父さん「そうだね。」

お母さん「特にサツキは聞き分けがいいからよけいにかわいそう・・・」


おおおぉぉっ!さすがはお母さん!


わたしはお母さんのこのひとことでものすごく救われた気になるのです。

そして、同時にこの作品の奥深さを感じてしまいます。

そうです、サツキというキャラクターグッズにはなりにくい地味なキャラクターを、宮崎駿監督はもう一人の主役としてしっかり描きこんでいるのです。


もしかすると、多くの人は気にも留めていないようなシーンかもしれないのですが、わたしにとって「となりのトトロ」という作品はこのシーンのためにあるように思えるのです。


なんで自分がこんな気持ちになるのかよくわからないし、そもそもとなりのトトロを見て泣いているおっさんもいかがなものかとは思うのですが、世の中にはサツキのように目立たないけど責任感があって献身的な人がたくさんいるのだと思います。


わたしは「自称アーティスト」や「自称プロサーファー」みたいに、「自分は自由奔放に生きてます。どうです?かっこいいでしょう。」みたいな人たちより、こうした地道でまじめな人たちのほうが好きなのかもしれません。


自分がはたしてまじめかどうかはわかりませんが、少なくともまじめにがんばってる人たちがちゃんと報われる会社や社会であれと願う今日この頃なのでした。


では、みなさん、楽しい夏を過ごしてください。


※作品に関する描写やセリフはわたしの記憶で書いていますので、多少ちがっている部分もあるかと思いますが、ニュアンスが大きくずれていることはないと思いますのでどうかご容赦を。

posted by shouji at 14:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

リーダーは、心配性?


 

営業コンサルタントの庄司です。

とつぜんですが、ジェットコースターに乗るのは好きですか?

 
わたしは、とても苦手です。
 
ついでに言うと飛行機も苦手だし、のんびり楽しいはずの観覧車ですら乗りたくありません。
高いところがきらいということはもちろんなのですが、正直言って不安でしょうがないのです。
 
何が不安なのかって?  
 
じつは・・・  こわれるんじゃないかと思ってしまうんです。
 
つくった人や整備をしている人にはまったく失礼な話だと思うのですが、人間誰だって完璧な人はいないでしょう? たまには調子の悪い日だってあると思うんですよ。
 
自分のことを考えたって、1年365日 絶好調ってわけではないし、「今日はなんだか調子悪いなあ・・・」っていうときもあるじゃあないですか。
 
ほとんどの人がわたしよりはマシな人だとしても、それでもやっぱりミスすることはあると思うんですよね。
 
とかなんとか、そんなマイナスなことばかりが頭に浮かんできてしまってとてもじゃないけどわざわざお金を払って乗ろうなどとは思えないのです。
 
まあ、いくらわたしがヘリクツを言っても乗るのが楽しくてしょうがないような陽気な人たちからすれば「小心者」「臆病者」と笑われるだけだと思うのですが、意外とこの心配性の性格、ことビジネスにおいては悪いことばかりでもなさそうなのです。
 
わたしの社会人生活をふり返ると、プレーヤーとしてよりもチームリーダーとしての実績のほうが圧倒的に高いのですが、どうやらそこには「心配性」がプラスに作用しているようなのです。
 
一般的に優秀なリーダー像って、どんな人を想像しますか?
アンケートをとったわけではないのでわかりませんが、
 
・楽観的で
・度胸があって
・行動力がある
 
というように、豪快な人物像を抱く人は多いのではないでしょうか?
 
ところがわたしの場合、ジェットコースターや飛行機に限らず、仕事においてもつねに悪いことが起きるのではないかと考えてしまうような悲観的で臆病なタイプです。
 
だけど、ビジネスとジェットコースターでは決定的なちがいがあります。
 
それは・・・
 
事前に手を打っておくことができるということです。
 
たとえば
 
メールで作業内容は伝えたけど、作業の目的はメンバーにちゃんと理解されてるだろうか? と心配になれば、念のためにもう一度電話で確認しておくことができます。 
メンバーは期限に間に合わせるとがんばってくれてるけども、万が一のために、期限を延ばせないか顧客にもう一度だけ交渉してみようということもできます。
 
つまり、心配性であるがゆえに
 
・いつも最悪のことを考える
・打てる手は打っておく
・あとはまかせる
 
という行動パターンでつねに動いていたのです。
 
こうして無意識のうちに、いつもできるかぎりの防御策を打つくせがついていて、それが功を奏していたようなのです。
 
さらにビジネスの場合は、実務は部下にまかせていてもつねに途中経過を確認することはできるし、状況がよくなければいっしょに策を考えることもできます。
 
どう考えてもまだまかせてはいけない人に丸投げして、途中ほとんど状況を把握することもなく最終結果だけを見て激怒している人がいますが、わたしには信じられません。
 
何かの本にも「悲観的に計画を立てて、楽観的に行動することが大事」という意味のことが書いてありましたが、まったく同感です。
 
わたしの釣り仲間に、こんな人がいました。
仮にAくんとしましょう。
Aくんはわたしよりも釣り歴が長く釣り場にくわしいので、いっしょに釣りに行くときにはいつも彼がリーダーシップをとっていました。
 
ある日、初心者の友人を同行したときのこと、まだ遠いけども台風が発生したという情報もあり、わたしは今日は安全な場所にしたほうがいいと主張したのですが、大物を釣りたくて仕方がないAくんは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言って聞かず、けっきょく初心者の友人を連れて沖のハードな磯に乗ってしまったのです。
結果、危うく全員流されそうになりました。
 
友人はそれ以来、釣りに行かなくなりました。
 
そのときわたしは、はっきりと確信したのでした。
 
「チームを預かるリーダーは、心配性なぐらいでちょうどいい!」
 
追記
そんなわけで、わたしはガシャンと身動きできないようにされて自分では何の手を打つこともできないジェットコースターがきらいなのです。
ちなみに、あなたのまわりの人にもジェットコースターが好きかどうかを聞いてみてください。
おそらくリーダーとして信頼をおける人ほど「きらい」と言うはずです。(はいはい、そうです、言い訳です。)
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2014年07月07日

明確なビジョンを打ち出そう



営業コンサルタントの庄司です。

サッカーワールドカップ、日本代表は残念ながら予選リーグで敗退してしまいました。

すっかり忘れていたのですが、4年前の2010年南アフリカ大会では決勝リーグに進出してベスト16入りを果たしていたんですね。
 
そのときの監督が「岡ちゃん」こと岡田監督、確かオシム監督が任期途中に脳梗塞で倒れたための緊急登板だったと思います。1998年のフランス大会に続いて2度目の代表監督就任です。
 
そのときに岡田監督が掲げた目標が、鮮明に記憶に残っています。
 
それは、
 
"ベスト4に入って 世界を驚かそう!"
 
というもの。
 
今にして思えば、この目標設定はすばらしかった。
どこがすばらしかったのか、少し検証してみましょう。
 
まず、サッカーの日本代表は1993年のドーハの悲劇を経て1998年フランス大会で歴史的なワールドカップ初出場を果たします。
2002年の日韓共同大会では地元の利もあって奇跡的に予選リーグを突破して初のベスト16入りを果たしました。
実力から言えば、2010年の段階でもう一度ベスト16を目標にしたってぜんぜんおかしくないほどまだまだ世界との差はあったと思うのですが、一度経験してしまっているので高揚感という意味ではイマイチ盛り上がりに欠けることは否めません。
 
となれば、次の目標はひとつ上のベスト8に置くのが順当なところでしょう。
 
ところが、それをもうひとつすっ飛ばしてベスト4に置いた。
かといって優勝とまでは言わない。
ベスト8でも、優勝でもなく、目標をベスト4に置いたところが絶妙だと思うのです。
 
当時の日本代表にとってベスト4というのは、いくらなんでも無理ではないかという目標、だけど優勝に比べればまだなんとかなる、めちゃくちゃがんばればもしかして、運やら何やらいろんなことが重なってうまくいけばひょっとするとなんとかなるのではないか?そんな感じの目標だったのではないでしょうか?
 
カンタンな目標ではダメ、だけどまったくムリな目標でもだめ、ものすごくむずかしいけどできたらすごい!やるだけやってみる価値はあるのではないか?この感じが、目標としてはもっとも盛り上がります。
 
そして岡田監督の最大のヒットは、そこに"世界を驚かそう" というフレーズをくっつけたところです。
 
「ベスト4」だけだったら、ただの無謀な目標にしかならなかったかもしれない、だけど、そこに"世界を驚かそう"というフレーズをくっつけたことによって、選手の頭のなかには超リアルな映像が浮かんだはずなのです。
 
そう、世界の人たちが「えええーーーっ」ってなってる映像が。
 
この映像によって、一気に気分が盛り上がり「いいね、おもしろそうだね、やっちゃおうか!」ってなったのではないかと思うのです。
 
わたしは、これが「ビジョンの力」だと思っています。
 
ビジョンとは「未来像」のこと。
共通の未来を、映像として共有することがチームにとてつもなく大きな力を与えるのです。
これは、サッカーであれ、企業であれ、まったく同じことです。
 
劇的な力を発揮したチームには、目標だけでなく必ず「ビジョン」があります。
 
前回ワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」には、金メダルをとって"女子サッカーをメジャーにする"という長年抱いてきたビジョンが、
昨年、奇跡の日本一に輝いた野球の楽天イーグルスには、日本一になって"東北を元気にする"という何がなんでも達成したいビジョンがあったのです。
 
わたしのクライアント企業も、
 
「街のきれいコンサルタントになろう」と決めた清掃用品のレンタル会社。
「SSのNO1ビジネスパートナーになる」と決めたガソリンスタンドの夜間業務の代行会社。
「親会社を超えた営業会社になって、ノウハウを逆輸出しよう」を合言葉にした某大手企業の子会社。
 
たくさんの企業がビジョンを明確に言葉にして共有することで、それまでとは見ちがえるようにチーム力がアップして素晴らしい結果を出すことに成功しています。
 
さらに、ビジョンはチームの行動にも明確な基準を与えます。
 
きっと、当時の岡田ジャパンのトレーニングでは「そんなシュートじゃあ、世界は驚かないよ!」「おいおい、その程度でバテて世界を驚かせられるのか!」といった言葉が飛び交っていたのではないでしょうか。
 
個人的にはザッケローニ監督はとてもすばらしい監督だと思っています。
 
ただ、今回のワールドカップに関しては本田が個人的に「優勝を狙います」とビックマウスをかましてはいたものの、チームとしての明確なビジョンはあまり伝わってこなかったように感じます。
 
意外とそのへんにも思うような結果を出せなかった原因があったりするのかもしれません。
 
注:文中のサッカーの話は、例え話としてわたしの主観と想像で書いています。事実とは違う部分があるかもしれませんがご容赦いただければと思います。
 
posted by shouji at 17:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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